ぶらり途中下車をして町を歩く、時々連載の「電車でカタコト」シリーズ。今回は京丹後市の久美浜町です。豪商の館で郷土料理を食べたり、パワースポットを訪ねたり、酒蔵を訪ねたり。久美浜町は見どころいっぱいの町でした!
旅のスタートは久美浜県?
京都丹後鉄道にゆられ久美浜駅を下車。観光案内所で自転車を借りて町をじっくり巡ります。というわけで旅は駅からスタートです。
久美浜駅舎は瓦の載った立派な日本建築。「すごいな駅だなぁ~」なんて思って看板を見ると、久美浜代官所陣屋地内に立っていた久美浜縣(県)庁舎の正面玄関棟を模した建物と書いてありました。いきなりビックリです。え! 久美浜県があったの?そう、実は明治元年、久美浜県が設置されたんですって。範囲は丹波、丹後、但馬、播州、美作(現在の京都府北部、兵庫県西部、岡山県東北部)だったそうで、明治4年に旧豊岡県と旧生野県に編入するまで4年ほど存在しました。うーん、久美浜は県庁所在地だったんだ。だから以前、車でこの町を通り抜けた時、都会的な香り? 町の豊かさを感じたんだなあ。
駅のすぐ近くには昭和7年に建てられた旧久美浜町役場もありました。市町村合併を繰り返しながら平成16年まで使われていたそうです。門柱といい建物といい、レトロな雰囲気がステキ。
さて、このまま久美谷川にそって海へ向かって走ります。いい景色だあ。久美浜は海があるし、町の中心を川が流れていて、水を感じる町ですね。
京都一の豪商は久美浜にあった!
本日、最初に訪れたのは豪商稲葉家。訪れるのをとっても楽しみにしていました。こちらは京都で一番の豪商との異名を持つ稲葉本家住宅が見学できるだけでなく、同家名物の「ぼた餅」、丹後名物の「ばら寿司」もいただけます。
支配人さんに伺ったところ稲葉家の初代は武田信玄に抗して敗れこの地に移り住んだ、または久美浜の城主・松井康之と共に美濃の國から来たともいわれています。松井康之? どこかで聞いたような・・・あ!以前、磯田道史先生に明智光秀の話を伺った時に出てきた武将ではありませんか。光秀と同じく細川幽斎に使えていたけれど折り合いが悪かった、あの松井さん! そして後に主君の息子・忠興と光秀の娘・ガラシャの縁組を進めた人物。あの方が久美浜のお殿様でしたか~!
稲葉家はその後、麹の製造や回船業などで巨富を築きました。また、江戸時代中期、久美浜が天領(江戸幕府の直轄地)になったことから代官陣屋がおかれ、代官所のお金を預かる掛家(かけや=幕府・諸藩の公金出納を扱った商人)も営んだのだそうです。
現在の母屋は、12代目当主により明治18年から5年もの歳月をかけて建てられたもの。この奥座敷の庭は京都の円山公園のしだれ桜を始め全国の名桜を守る「桜守」として知られる佐野藤右衛門さんの作庭です。
廊下を見ると奥へと長い様子が分かります。箱階段を上って2階へ。
2階は13代当主・市郎右衛門さんが村長のお嬢さんと結婚した時、新婚用の部屋として新築されたもの。天井は正目の秋田杉、床柱は四方正目のヒノキ柱。当時のお金で1648円97銭5厘、東京で1軒家が建つぐらいの金額だったんですって!!
そして2階からの眺めもいいんです。こんな瓦屋根の景色はなかなか見られないですよね。
さて、1階へ降りまして江戸時代に建てられた「吟松舎(ぎんしょうしゃ)」へ。この書院造の奥座敷は大名や久美浜代官、近世では西園寺公など、そうそうたる方々が訪れた立派な部屋です。
注目すべきは、この釘隠し。恐れ多くも「二葉葵」なんです。この建物は江戸時代に多くの大名や代官書のお殿様等が接待された場所、非常に格式のある建物となっていて、釘隠しに双葉葵が使用されているんですって。
この立派なお座敷で、ぼた餅とばら寿司がいただけます(テーブル席もあり)。なぜ、ぼた餅が稲葉家名物なのかというと、かつて稲葉家では飢饉の時に近隣の人々にふるまったり、13代当主が私財を投げ打ち人々の願いだった久美浜・豊岡間の鉄道を開通させたとき、お祝いにふるまったのだとか。支配人さんに伺うと「毎年11月23日には地元の人による“ぼたもち会”を開き稲葉家当主を偲ぶんです。私の父も祖父もみんなこの会に参加していました」とのこと。みなさん稲葉家に助けられた恩を忘れないようにされているのですね。
お味は、とっても優しい味。そして、ぼた餅を作っているお母さんの家で栽培したもち米を100%使っているので餡子だけでなくて、もち米も美味しかったです。
こちらは京丹後名物のばら寿司。特徴は鯖缶を炒ってそぼろにすること。家毎の味があるのですが、お母さんの味のポイントは青シソをいれること。炒ってカリっとなったそぼろの食感と青シソの風味が上品でした~♪
京丹後のパワースポットへ
さて、稲葉本家を満喫し、続いては神谷太刀宮神社へ。丹波道主命を主祭神とした全国唯一の神社です。この丹波道主命の持っていた「国見の剣」が久美浜の地名の起こりとなったともいわれています。
そして道路を渡ったところに立つのが八幡神社と神谷磐座(写真)。この磐座のあまりの存在感と突然現れた巨石にびっくり&恐れをなして立ち尽くしてしまいました。これは古代祭祀の跡ではないかといわれていて「約4000年前のエジプトのピラミッド文明やシュメールの文明と同じように星や太陽を信仰していたことが伺えます」とありました。
驚くべきは、この石には北に向けて2つの垂直なスリット(割れ目)があり、北極星信仰をしていた古代の人は、この割れ目の延長上に現れる北極星を観察していたのだといわれています。
一年中、花が咲く海辺の寺
稲葉本家の世界から一転、なんだか、すごいものを見てしまった・・・という気分のまま自転車を走らせ再びの方へ。現在の久美浜小学校が立つ場所は、かつて久美浜代官陣屋と県庁が立っていた場所。学校の後ろの城山公園には松倉城跡があります。山の上に鳥居が見えますよ。ここに松井さんがお住まいだったんですね(松倉は松井氏の前の城主の名)。
小学校の角を曲がったところから見る景色は最高! 右手にかぶと山(かぶと山からの眺めはこちら)、正面に如意寺ケ岳が見えます。そして足元はすぐ海なんですよ。
海岸沿いに走ること数分、「花の寺」の名で親しまれている如意寺に到着。お正月には地元の人はもとより豊岡や但馬の方からも初詣客が訪れ2万人以上の人で賑わうんですって。ちょうど久美浜県と同じエリア。豊岡や但馬はやはり近いんですね。
如意寺の創建は天平年間。先ほど見た如意寺ケ岳の上に建っていましたが50年ほど前、飛地境内であるこの海辺に移されました。山の本当の名前は観音山というそうですが、久美浜小学校の校歌にも「如意寺が嶽を 仰ぎ見て」と登場するので「如意寺ケ岳」で親しまれているんですね。御本尊は十一面観世音菩薩(秘仏)です。そういえば如意寺は以前、8月の千日会(せんにちえ)で大文字焼が行われるお寺としても紹介しているので、こちらもぜひチェックしてくださいね~。
海が目の前なので境内を歩いていると、波の音が聞こえてくるのがいいなあ。
弘法大師爪彫といわれる「日切不動尊」を安置する不動堂は塔ではなく、和・唐・天竺の三様式を融合した日本唯一の重層多宝塔。手掛けたのは久美浜出身で金閣寺再建にも関わった名工・中村淳治棟梁です。「日切り不動尊」は日にちを切って(何日までに)といって願をかけるのですって。厄除・家内安全・商売繁昌・病気平癒・試験合格・縁結び・安産など所願成就のご利益があるそうです。
そして、こちらは「関西花の寺25カ所霊場会」第七番札所なだけあり、訪れたのは晩秋でしたが境内には花がたくさん。これらは特別に植えたものではなく、みな自然に生えてきたのだそう。本堂横から裏にかけて山野草の庭や宝珠山千年石の庭(四季の山野草)が広がります、冬はサザンカやミツマタ、梅、そしてなんといっても春のミツバツツジが有名です。ミツバツツジが咲く山には散策道が作られ、樹々の間から、かぶと山や海が見えるのがステキです。4月中旬は桜とミツバツツジで境内がピンク色に染まるそうですよ。
お花が押された御朱印もすてき。「関西花の寺25カ所霊場会」では毎年、いずれかのお寺で花法要が行われるのですが、来年は如意寺で行われるのだとか。春にまた来たいなあ。
城下町の風情を感じる
さて中心部に戻り町ブラをすることに。海と並行に走るメインストリートは真っすぐの道のように見えて向こうまで見通せないんです。不思議な道だな・・・と思っていたら土居の交差点(奥の白い建物)を中心に「くの字」に折れているんですって。これは城下町の名残で、「折れ」というのだとか。だからずっと向こうまで見渡せなかったんだ!
他にも武者止め(写真)のT字路や鍵曲があり、あちらこちらに城下町の名残を観ることができます。先ほど如意寺のご住職に、久美浜の町を整備し経済発展をさせたのは松井康之氏だと伺ったのですが、古い絵地図を見ると今とほとんど町割りが変わらないんです。それだけ見事な町割りを行ったということ。さすが細川幽斎の家老だなあ。
秋から春にかけての久美浜の味
そうそう久美浜といえば「鯛せんべい」は外ずせません。道の駅などでも販売していますが、今回は久美浜でしか買うことができない綿徳商店を訪ねてみました。お店に入ると、ご主人夫妻が「このしろ寿司を食べたことあります? 11月から翌4月までしか作られない寿司なんですよ」とのこと。先日、鯖のなれ寿司を食べたところなので、寿司と聞くとちょっと気になります。
こちらが、このしろ寿司。きれいなコノシロだなあ。コノシロを塩や酢で漬け、炒って砂糖や酢、みりんなどで味付けをした卯の花を詰めた寿司で、日持ちは1週間ほどしますが発酵はしておりません。現在、作っているお店は2軒しかなくなってしまったんですって。酢が効いていて上品で美味しい。お酒にも合いそう~♪
お店の奥には鯛せんべいを作る機械がありました。ガス火で焼くんですね。これは夏は暑そうだ…。ご主人にお伺いしたら、やはり夏場は朝の4時より前に起きて作業を始めるのだとか。タイやトビウオ、スズキなどのすり身を使ったおせんべいで、あっさりしていますが、魚の味がしっかりして美味しかったです。
お店を出てすこし行くと現れたのが、築100余年になる三階建ての旅館・旧浜茶屋。かつて町の人が結婚式をしたり宴会をした場所なのだそうです。いまは営業されていないので外から見るだけ。こういう立派な旅館が立つ町なんですね。
久美谷川を眺めながら糀を使ったスイーツを
随分、走ったので久美谷川沿いにあるステキな「糀マルシェ」でちょっと休憩。こちらは上級麹士でナチュラルフード・コーディネーターの余根田沙織さんが作る、糀を使ったランチやスイーツが楽しめます。久美浜で農薬を使わずに育てたお米で作られた糀を使い、甘酒として飲むだけでなく甘味料やコクを出すために使うなど糀の美味しさや面白さを知って欲しいとワークショップも行っています。
久美谷川の横なので眺めも最高。
甘糀ほうじ茶オレと本日のケーキの紅イモのタルトを。甘糀を加えた、甘さひかえめの紅イモのねっとり感とサクッサクの生地のコントラストが美味しい~。色合いもきれいですね。
もう一つ、どうしても飲んでみたくて注文したのがスムージー。フルーツは旬で変わるのですが、訪れた時は久美浜のブドウと地元のヒラヤミルクで作られたスムージー。麹が入っているとは言われなければ分からないほどナチュラル。でも、スムージーの奥に深いコクが感じられます。そうそうランチなどで使う野菜は以前、紹介したオーガニック野菜などの 直売所&カフェ キコリ谷テラス で販売している野菜や地元の無農薬野菜などを使っているんですって。キコリ谷テラスさんでも時々、ワークショップをされるそうなのでSNSなどでチェックしてみてくださいね。余根田さんが作るスイーツと景色に癒されました。
江戸時代創業の酒蔵で、ここでしか買えない日本酒を
さて、もう少しだけ足を延ばして、最後は木下酒造へ。天保13年(1842年)創業、175年の歴史を誇る地酒「玉川」で知られる蔵です。そして杜氏がイギリス人のフィリップ・ハーパーさんということでも有名です。
熟成酒、江戸時代の製法で造ったお酒、自然仕込など様々なお酒を造っており、蔵で購入することもできますし、タイミングがよければ仕込みの様子がガラス戸越しに見られます。
中でも蔵に行かないと買うことができないのが、手詰めで72本だけ作られる中汲みのお酒。銘柄は純米、純米吟醸、本醸造とあり、どれが販売されているかは訪れた時のお楽しみ。私が訪れた時は純米酒の中汲みが売られていました。さきほど買った、このしろ寿司とも相性よさそうなので、楽しみです♪
いや~思った以上に奥深かい町でした。まだまだ見どころがありますし、久美浜湾クルーズをしたり小天橋まで足を延ばすのもいいですね。ちょうどカニのシーズン到来中! 今度はゆっくり泊まって温泉に入り、カニを食べるのもいいな~。
■■今回、訪れたところ■■
豪商稲葉本家
住所:京都府京丹後市久美浜町3102
電話:0772-82-2356
開館:9-16時
休館:水曜日
如意寺
住所:京都府京丹後市久美浜町1845
電話 0772-82-0163
拝観:8-5時
綿徳商店
住所:京都府京丹後市久美浜町東本町
電話:0772-82-0216
糀マルシェ
住所:京都府京丹後市久美浜町3178-2
電話:090-8377-7620
営業:11-14時
休み:日・月曜日、臨時休業あり
木下酒造
住所:京都府京丹後市久美浜町甲山1512
電話:0772-82-0071
営業:9-17時
休み:元旦のみ