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京都府立図書館〜そこはレトロな明治モダン建築の世界〜

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f:id:kyotoside_writer:20190605081555j:plainKYOTO SIDEでは、これまで「レトロ・クラッシックな京都の近代建築を巡る旅」と題して、亀岡の「楽々荘」大山崎町の「大山崎山荘」京都市の「京都府庁旧館」、さらに「京都文化博物館」をご紹介してきましたが、今回は、岡崎の地に移転開館して110周年、平安神宮の赤い大鳥居のすぐ側に建つ、日本初の公立図書館・京都府立図書館をご紹介します。
図書館の利用は、京都府民はもちろんのこと、京都府内に通勤、通学している方、さらに大阪など隣接する府県に住んでいる方も図書館カードを作ることができるんですって。知ってました?^^

圧巻のロケーション!

平安神宮の赤い大鳥居のすぐそば 

f:id:kyotoside_writer:20190605081631j:plain神宮道を上がっていくと、あの赤い大鳥居がどんどんと近づいてきます。琵琶湖疏水に架かる赤い欄干の橋を渡る頃には、目の前には大鳥居がそびえ立ち、左手手前に京都国立近代美術館、そして、その奥に本日の目的地、京都府立図書館の姿が見えます。 

f:id:kyotoside_writer:20190603115600j:plain予定より少し早く着いたので、図書館入り口へ向かう前に、まずは、建築用語で言うところのファサード・建物の顔となる正面を拝見することに。

f:id:kyotoside_writer:20190605081658j:plain真正面からの美しいルックスにまずうっとり♪ 黒い屋根と白い外壁のコントラスト、さらに銅色の装飾が品良くまとめられている印象です。アーチ状の白い窓枠がなんとも素敵ですね!実は、京都府立図書館、1995(平成7)年の阪神淡路大震災の被害により、2001(平成13)年にリニューアル・オープンしたのですが、この岡崎の地に移転した1909(明治42)年当時の姿を残しているのは、この正面外壁のみ。奥にチラッと見えるガラス張りの建物は増築した新館です。 

見事な和洋建築のコラボレーション

f:id:kyotoside_writer:20190605081726j:plain外観を舐める様に見ながら図書館入り口方向に進んでいくと、赤い大鳥居と図書館のクラシカルな西洋建築が一度に眺められます。インパクトある和と洋の建築物が共存する、レアな光景にテンションが上がります。

f:id:kyotoside_writer:20190603115827j:plainでは、ご担当者さまにお会いするために一旦館内へ。エントランス含め、館内は全て2001年に新館としてリニューアルされているので、クラシカルな外観とはまた違った雰囲気です。

f:id:kyotoside_writer:20190603115901j:plain図書館の歴史などを記すパネルが掲示されたエントランスを抜け、4階事務室へ。今回の取材では、図書サービス部長の堀さんから色んなお話をお伺いしました。以前は府立高校の図書館司書をされていた堀さん、プライベートと仕事を兼ねて建築系の本も読まれているとか。まずは、この見事な建築を手がけた建築家、立役者について。

「関西建築界の父」と称される武田五一氏の設計

岡崎に移転・開館し110周年

f:id:kyotoside_writer:20190603115945p:plain府立図書館が岡崎の地で建設されたのは、第10代京都府知事・大森鍾一(おおもりしょういち)が、日露戦争における京都府内の殉難者を弔うための戦勝記念館として1905(明治38)年11月に京都府会で府立図書館建築を提案し可決されたことから始まります。

当時の館長は、1904(明治37)年、4代目館長に就任していた湯浅吉郎氏(写真上/右)。氏は、欧米留学などの経験から図書館学の知見だけでなく、西洋文化に対する造詣も深かったそうです。そして設計者は、東京帝国大学建築学科卒業後、3年間のヨーロッパ留学により最先端のアール・ヌーヴォーや、ウィーン・セセッションに感化を受けたとされる武田五一氏(写真上/左)。まさに、当時最先端の西洋文化の粋を学んだ湯浅館長の采配と武田五一のセンスによって建設された図書館が、1909(明治42)年4月に開館するに至ったのです! そう、府立図書館は、岡崎に移転・開館して、今年でなんと110年なんですね〜!

f:id:kyotoside_writer:20190603120039p:plain武田氏が支持していたウィーン・セセッションとは、19世紀末から20世紀初期にかけて、近代芸術思潮を生んだ合理主義的思潮の芸術団体のことで、直線や幾何学的形態をモチーフとし、図柄なども単純な形態にしているのが特徴。この外観の装飾含め、その潮流が武田氏のデザインに反映され、前衛的と賞賛されました。来日中のドイツの建築家ブルーノ・ダウトには辛辣に意見されたそうですが、芸術作品とはそういうものなのかもしれませんね。

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地上3階建ての建築平面図。普通、特別、図案、新聞、婦人、児童の閲覧室を備え、3階に講演室・研究室を兼ねた2つの陳列室があったことがうかがえます。建築図面にも京都府立図書館のシンボルマークになっている銀杏の葉があしらわれていますね!?

最先端&贅を尽くした設え

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大閲覧室には、アール・ヌーヴォー調のシャンデリア、フランス製壁紙、書庫出納用エレベーター、防火用鉄扉、水洗式トイレなど、当時の最先端設備がふんだんに取り入れられていたのだとか。

f:id:kyotoside_writer:20190603120841p:plain天井には透かし唐草の飾り、扉の上端はアーチ型、カーテンと壁紙はフランス製…と贅の極みといった装飾が施され、床は鉄を利用した防火床の貴賓室皇太子時代の大正天皇も訪れたそう。

竹久夢二の初個展開催!

f:id:kyotoside_writer:20190603120920p:plainなんと!竹久夢二の初個展が開催されたのが京都府立図書館だったなんてご存知でしたか? 3階に設けられた陳列室は博物館的機能もあったことから、美術家の個展のほか、尾形光琳没後200年を記念する琳派の展覧会や、白樺社の展覧会なども催され、その様子について作家・志賀直哉と有島武郎が随筆に記すなど、府立図書館が文人交流のサロンとして機能していたそうです。

武田五一氏デザインの建築物

f:id:kyotoside_writer:20190605082447j:plain京都府立図書館の建築を機に、京都を中心に数々の大規模建築を手掛けるようになった武田氏。京都府立図書館の前衛的なデザインを見て依頼が相次いだのかもしれませんね!? 京都駅前に建つ関西電力京都支社(写真上)や、京都大学旧建築学教室本館なども武田氏の作品です。この他、多数の名建築を残しただけでなく、雑誌『新建築』の創刊や京都帝国大学(現在の京都大学)建築学科の創設などを含め、教育や後進の育成にも尽力したことから、関西建築界の父と称される存在になったそうです。

阪神淡路大震災の被害により本館改築

f:id:kyotoside_writer:20190605082257j:plain前述の通り平成7年の阪神淡路大震災により深刻な被害を受け、武田五一氏作の旧館は、外観のみを残す形で改築することになったわけですが、京都が誇る素晴らしい建築作品をファサードとして保存したことは、まさに英断といえますね。では、現存する外観と家具などから武田五一作品の神髄を見ていきましょう。

武田五一氏デザインの特徴とは?

曲線と直線、和と洋の融合

f:id:kyotoside_writer:20190605082022j:plain「フランスの古典主義的要素を模していて、ウィーン・セセッションの潮流を受け継いだ曲線と直線の融合、さらに西洋と和を融合したデザインが武田氏ならではと言われていて、極めて優雅な雰囲気にしている」と堀さん。

f:id:kyotoside_writer:20190603121252j:plainメダリオン(円形のデザイン部分の名称)の装飾もシンプルで上品な雰囲気。

f:id:kyotoside_writer:20190603121329j:plain扉に施されたデザインも曲線と直線で生み出されています。

f:id:kyotoside_writer:20190603121415j:plain屋根の淵に施された球体状の細かい装飾。震災の影響でところどころ剥がれ落ちてしまっていますが、この細かい仕事に敬服。色が褪せている部分と濃い部分があるのは、全てをリニューアルするのではなく、元々のものを残しながら、できるだけナチュラルに修復しているからだとか。

f:id:kyotoside_writer:20190605082114j:plain当時はこの階段を上がった扉の奥すぐに貴賓室が。階段は今は使われていませんが、当時の面影がそのまま残っています。当時は開館時間を待つ人がこの階段の下で行列していたそう。

府立図書館3階に保存されている家具類

f:id:kyotoside_writer:20190603121738j:plain一般の方は立ち入り禁止となる3階(月1度開催のバックヤード見学会でこのスペースも見学可能)には、岡崎移転時から使用されていた武田氏デザインの貴重な家具類やパネルが展示されています。家具の随所にアール・ヌーヴォー調の意匠や、武田氏らしいデザインが留められているということで、堀さんが細部に渡って詳しく教えてくださいました。

f:id:kyotoside_writer:20190603121823j:plain花瓶の跡らしきものが残っている花瓶台は、「マッキントッシュらグラスゴー派の影響が色濃い、直線と曲線がうまく調和した、まさに武田氏らしいデザインといわれています」と堀さん。

f:id:kyotoside_writer:20190603121858j:plain日本の火鉢と西洋のテーブルを合体させたような「手あぶり付きテーブル」は、和洋のデザインとライフスタイルを見事に組み合わせたもの。和室や茶室など日本の意匠にも造詣が深かった武田氏のデザイン、又は武田氏の指示によるもの。

f:id:kyotoside_writer:20190603121935j:plain半開架式書棚。読みたい本の背表紙を指で網の間から押して、職員に伝え、取り出してもらうという閲覧システムに目からウロコ。全国の図書館でも、この半開架式書棚の現物が残っているのは稀だとか。当時、本がどれほど貴重なものだったかが伺えます。

f:id:kyotoside_writer:20190603122148j:plainそして、この椅子。赤の色味といい、ハート型の背もたれといい、この椅子めちゃめちゃ可愛くないですか〜!「曲線を用いたエレガントなハートのモチーフはアール・ヌーヴォーの象徴といわれています」と堀さん。20世紀初頭にハートモチーフの椅子があったとは。

f:id:kyotoside_writer:20190603122238j:plain椅子の足と座面の繋ぎ目の部品を持ち送りと呼ぶそうですが、よーく見ると、この椅子、持ち送りがあるのと無いのとがありますよね(写真上/持ち送りなし・写真下/持ち送りあり)。

f:id:kyotoside_writer:20190603122301j:plainこの小さな持ち送りにさえも、アールをつけた曲線デザイン。「この辺りの芸の細かさは凄い!」と堀さんも唸ります。そして、私自身、この頃には、細かいところの曲線や、和洋コラボを見つけては、「あ、ここが武田氏らしいデザインだな、ふむふむ…」などと建築マニア気取りになってしまっていました(笑)。芸術作品ですので、ファーストインプレッションの美しさを楽しむのはもちろんですが、特徴、見どころがわかってくると、さらに楽しめることを実感しました。堀さんのお陰です♪

新館に受け継がれる武田五一氏のDNA

f:id:kyotoside_writer:20190603122441j:plain地上4階、地下2階の新館になってレトロ建築とはガラリと様変わりしましたが、武田氏のDNAでは?と感じる部分もありました。上の写真は保存されたファサードの一部ですが、この外壁の溝、目地に注目!

f:id:kyotoside_writer:20190603122508j:plainよ〜く見てください。上の写真の左半分が旧館のファサード、右半分が新館の壁面です。この壁の溝のように落ち着いた、比較的溝の浅い水平目地がフランス風だそうで、「理知的なイタリア・ルネサンス様式でもバロック様式ともずらした軽やかさ、典雅さがあり、セセッション、グラスゴー派など留学当時の建築界の流行を吸収し、武田氏らしく折衷したデザイン」と堀さん。新館の外壁もその意匠を踏襲していることがよく分かりますね。

f:id:kyotoside_writer:20190603122756j:plainアーチ型の窓枠は旧館の形がそのまま活かされています。内装は新たに生まれ変わっていますが、窓枠のアーチがクラシカルな印象を醸しています。

f:id:kyotoside_writer:20190603122719j:plain旧館の大閲覧室で使用されていた、アール・ヌーヴォー調のシャンデリアをイメージしたかのようなペンダントライトを採用。

f:id:kyotoside_writer:20190603122836j:plainこの曲線も武田氏の作風を受け継いだのかも?と思わせる、閲覧スペースの中央に配された地下1階の閲覧室へと続く螺旋階段。

f:id:kyotoside_writer:20190603122909j:plain本を読む女の子の像が佇む吹き抜けのガーデンも半円形。美しい曲線がそこかしこに見られます。

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府立図書館旧館の外壁中央上部の銘「京都図書館」の上部には、銀杏の葉の文様があります。銀杏の葉には紙の紙魚除け、虫除け効果と、防火の効果があるとされることから、武田五一氏が起用したのではないかと言われています。図書館の前には今も大きな銀杏の木があり、京都市立芸術大学とのコラボによりデザインされたロゴマークにも、銀杏の葉と本をかたどったモチーフが採用されています。書物のみならず、守られるべき建物、存在であり、神聖な場所という想いが込められているのかもしれませんね。

京都府立図書館の歴史について

三条高倉に前身となる「集書院」開設

f:id:kyotoside_writer:20190603123145p:plain岡崎の地に移転開館して110周年の京都府立図書館。ここからは、その歴史を少し紐解いてみたいと思います。日本の公立図書館の黎明期といえる明治6(1873)年、三条高倉に、京都府立図書館の前身となる「集書院」が設立されました。洋風2階建ての木造建築。日本の公立図書館第一号の誕生です。

京都御苑内に開設していたことも

f:id:kyotoside_writer:20190603123126p:plainその後、1898(明治31)年には、京都御苑内の博覧会協会東館を借り受けて開設。当時の閲覧料は1回2銭。小学校教員は教育図書を無料閲覧できたそう。

文化ゾーン・岡崎のランドマーク的存在に

f:id:kyotoside_writer:20190603123225j:plain明治42(1909)年、岡崎に移転し、平安神宮の火除け地だった場所に「京都府立京都図書館」として開館。岡崎エリアは、明治の中頃から、琵琶湖疏水を活用した水力発電による電力の供給など近代化の中心となり、明治28(1895)年には内国勧業博覧会と、平安遷都1100年紀念祭が同時開催され、博覧会会場には、紀念祭の象徴として平安神宮が創建されました。

この博覧会跡地に岡崎公園が開設され、そのランドマーク的存在の一つとして1903(明治36)年に京都市動物園が開園され、続いてこの地に移転開設されたのが府立図書館というわけです。岡崎エリアには、その後も、1922(大正11)年に遊園地「京都パラダイス」、1933(昭和8)年に京都市美術館の前身「大礼記念京都美術館」、1937(昭和12)年にみやこめっせの前身「京都市立勧業館」なども誕生し、文化ゾーンとして定着していきます。

そして様々な施設の変転を経て、現在に至っているわけですが、振り返ってみると、府立図書館は、この岡崎の地で、平安神宮と京都市動物園に次いで古い施設なんですね~。移転開館110の大いなる歴史を感じますね。

最後に、館内見学&図書館利用について

外観撮影&入館は自由

f:id:kyotoside_writer:20190603125645j:plain外観の撮影はもちろん、閲覧室の入館も自由です。館内の撮影は取材などを除き原則として禁止されています。冒頭にも書きましたが、図書館の利用は、京都府民はもちろんのこと、京都府内に通勤、通学している方、さらに大阪など隣接する府県に住んでいる方も図書館カードを作ることができます。また、毎月、バックヤード見学会を実施。収蔵能力40万冊の自動化書庫などを見ることができるそうですよ(詳細はHP参照)。

敷地内にはレアな銅像も

f:id:kyotoside_writer:20190603125717p:plain二宮尊徳像といえば薪を背負って読書をしている姿がポピュラーなので、これは希少です。戦時中当時の「金属類回収令」をも免れ、阪神淡路大震災での被害もなかったとか。二宮尊徳先生の人生そのもの。逞しいですね!?

近代レトロな図書館建築。細部の装飾から、ファサード、赤い大鳥居とのコラボなど、様々な距離、アングルから武田五一氏の建築美を楽しんでみてはいかがでしょう?

 

■■INFORMATION■■
京都府立図書館
所在地:京都市左京区岡崎成勝寺町
電話:075-762-4655
開館時間:火曜日~金曜日/9時30分~19時
                  土曜日・日曜日・祝日/9時30分~17時
休館日:月曜日(祝日及び振替休日は開館、翌日が休館)
              毎月第4木曜日(祝日は開館)
              年末年始(12月28日~1月4日)

https://www.library.pref.kyoto.jp/

 

中野里美

中野里美

細部の装飾を凝視したり、滅多に見られないクラシカルな家具の現物を拝見できたのはライター冥利に尽きます。実はその他にも貴重な光景を目にすることができました。図書館事務室のある4階オフィスが19.9m、大鳥居の高さ24.4mとほぼ同じということで、オフィスの窓から大鳥居が一望。オフィスの窓いっぱいに、あの大鳥居が!! それはそれは凄い迫力でした。堀さんにとっては日常の景色でも、私にとっては非日常。もちろん一般の方は見られませんので悪しからず。ちなみに、この平安神宮の大鳥居建設の工事顧問も武田五一氏だとか。

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