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どんなに世界が広がっても、本職は「和紙職人」。 ハタノワタルさんに会いにいく。

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今季初めての大寒波が京都にやってきた朝。みるみる雪が積もっていく中、和紙職人のハタノワタルさんに会いに行きました。綾部市の古民家を改装した自宅アトリエです。

美術畑の若者が、和紙の魅力の発信者になるまで

ハタノさんは美術大学出身、油絵を専攻していました。制作の中で出会った「日本一強い手漉き和紙と言われた」、黒谷和紙に出会い、1997年、黒谷和紙研修生として紙漉きの世界に飛び込みました。

ハタノさんが紙漉きを志したのは、「自分が普通の人間だったから」だそうです。

「アーティストというのは、奇抜というか、自分をギリギリまで追い込むようなところがあって、それこそが魅力だったりするんですが、僕にそれはできない。ごくごく『普通の人』だな、と思ったのです」

土に近い仕事をしたいと北海道で農業をしたりしながら、25歳で紙漉きの修業を始めました。北海道と綾部を行ったり来たりする生活が6、7年続くうちに、紙漉きの仕事が忙しくなり、こちらを本業にすることに。

ですが、どれだけたくさん紙を漉いても、結婚して家族を持ったハタノさんが、一家を養うに足るだけの現金収入を得るのは難しかったといいます。「紙漉き」という仕事を10年間しっかりやったという手ごたえもあり、一時は紙漉きの仕事を辞めて、他の仕事をしようかと考えたこともありました。「でも他に何を?というと、ないんですよね。この仕事でやっていこうと決めました」ハタノさんは「どうして和紙が売れないか?」考え始めます。ひとつには、価格の安い機械漉きの和紙がどんどん増えてきたこと。もうひとつは、現代の生活に「和紙」そのものが要らなくなってきたこと。「若い世代に『和紙で手紙書こう』っていってもしょうがないですしね」現在、和紙を使う層は比較的年齢が高く、一方で若い世代は和紙のことを知らず、使うチャンスも少ないのが実情です。

「そうだ、若い世代に和紙を見せよう、自分から和紙について発信しよう」

夢中で紙漉きを続けながら、あらためて「表現者」としての活動を開始したのは10年前でした。

「和紙」という軸があるからこそ、広がる

最初の発信は「アート」ではなく「プロダクト」。自分で漉いた和紙を使った筆箱や名刺入れなど、評判は上々。とはいえ、良く売れてもほとんど経費で消えてしまうことも多かったそう。自宅の壁や床も、ご自身の手で和紙を貼って仕上げていきました。

名刺入れ、筆箱など種々の箱、金属の足を持つ机、お茶席で使う敷板、そして壁や床。たくさん見せていただきました。一般的にわたしたち現代人が「紙」に対して持つイメージとは全く違います。堅牢で頼もしい。なのに驚くほど軽く、手になじんで、天然素材の温かさや丸みが伝わってきます。思わず手に取って、触っていたい質感。安心してモノを入れたり置いたり、座ったり寄りかかったりしたくなるのです。

その後、この自宅の壁や床を見た人たちから「同じものを」という依頼も増え、現在では収入面で一番ウェイトを占めるのは内装の仕事だそうです。

手がける仕事のジャンルはどんどん広がっていきます。

「和知の『はるいろさくらまつり(和知地区で毎年4月に行われるアートを中心としたイベント)』のプロデュースも頼まれています。グラフィックデザインの仕事も増えました。地元のメーカーの、自分で絞る『手作り醤油』のブランド作りなんかも」

今では、年間通じて展覧会・展示会も精力的に開催されています。

ハタノさんのさまざまな発信を知って、あちこちから声がかかるようになりました。仕事はどんどん忙しくなりましたが、やはり原点は「紙漉き」。人工的な素材を混ぜた紙など、たくさんの紙を漉き続ける中で、黒谷和紙のベースである「楮」100%の魅力がよく分かったし、その魅力を伝えたいと思うようになったといいます。

「『楮』という素材を中心に、昔の人の生活も見えてくるし、それが自分の表現にも関わってきました。何年も試行錯誤した末、使う素材は『楮』と『三椏』だけに絞りました。使う道具も3つだけ。でも、この『制限』があることで自分のスタイルが確立できたし、自分のやりたいことが明確になりました。だから、いろんな仕事をしているけど、やっぱり本職は『和紙職人』なんです」

「書」へ、そして「空間」へ。新しい表現を求めて

始めて半年ほどというハタノさんの書は、実にチャーミング。「書って、紙と墨さえあれば、2分でできるんですよ。紙を漉いて、乾燥して…という延々と続く作業の合間に、紙に墨で字を書くと、すごくリラックスできます」

参加しているのは、出された「お題」を書いてインターネット上に作品を投稿し、お互いに評しあうサークル。たとえば「木」という字をアップすると、「寒そうな木ですね」なんていう感想が寄せられたり。100の「木」という字が並ぶと、100本の木が立ち上がってくるのだそうです。

アトリエで、ご自分で漉いた紙に「雪」の字を書いてくださいました。まさにその時、窓の外にどんどん降りつもっている、水分をたっぷり含んだ雪を思わせるような字の表情に、思わず頬が緩んでしまいます。

自宅から見える風景を書いたという「山・川・田・土」。ハタノさんが書いたのはそこにある風景ですが、この作品を見る人は、それぞれが自分の頭の中に、自分だけの「山・川・田・土」を描くことになります。

ハタノさんの書には、「絵」と「字」の境目がなくなってくるような魅力があります。

「すでに海外では作品として販売しています、これから日本でも始めます。『書』は墨と紙だけの表現というシンプルさが、『絵』は見た瞬間の衝撃、インパクトが魅力。これまで『書』と『絵』は別々に展示されてきたと思うんですが、絵画と書が混在したらどんな空間が生まれるでしょうね。僕はそのどちらの世界も知っているから、何か自分だけの表現ができるんじゃないか。自分の『作品』を発表して始めて10年、次は『空間を作る』という表現をやってみようと。今からすごく楽しみで、ワクワクしています」紙漉きを始めて20年。ハタノさんの手がける範囲は、「和紙」を軸足にどんどん広がり続けています。お話をうかがいながら、井上ひさしが宮沢賢治を評した「輝く多面体」ということばを思い出しました。

ハタノさんは、見る角度ごとに違う表情を見せる、和紙でできた多面体のようです。

◆ハタノワタル プロフィール

1971淡路島生まれ
1995多摩美術大学絵画科油画専攻卒
1997黒谷和紙研究生となる
1998ベトナムに紙漉き職人として派遣。
黒谷和紙協同組合青年部を立ち上げる以後、各地で展覧会、展示会を開催。京もの認定工芸士。

 

◆黒谷和紙会館

所在地 京都府綾部市黒谷町東谷3 TEL 0773−44−0213
営業時間 9:00~16:30
定休日 土日祝日 HP http://kurotaniwashi.jp

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