このところ地震が頻発している京都。そのような中、まもなく梅雨シーズンにも突入で、豪雨や台風など水にまつわる自然災害が増えることも予想されます。そこで、水害の恐ろしさを知り、もしもの時に備えるべく!! 京都市伏見区にある京都大学防災研究所・宇治川オープンラボラトリーにお邪魔してきました!
水害が増加傾向にあるってホント?
近年、豪雨による河川の氾濫や土砂崩れなど水害が相次いでいる印象がありますが、実際のところ増えているのか?気になりますよね。
近年、晴れの日が増えている一方で、1時間に50mm以上の強い雨が降る回数も増えているというデータが記録されています。1時間に50mm以上の雨が降ると排水機能が限界に達することから、道路に水が溜まるなどを引き起こし、大きな被害をもたらすというわけです。
そこで今回は、そういった災害がどういう仕組みで起こっているのか、また災害が起こった時にどういった現象が発生するのかということを研究している「京都大学防災研究所・宇治川オープンラボラトリー」で体験取材をさせていただきました。
「京都大学防災研究所・宇治川オープンラボラトリー」とは?
その名の通り、宇治川と東高瀬川の堤防沿い(京都市伏見区)に建つ「京都大学防災研究所・宇治川オープンラボラトリー」。京阪電車・中書島駅到着間際の車窓からも、実験棟を見ることができ、その広大さに圧倒されました。
日本最大規模の水害研究施設
およそ6万㎡の敷地には本館と4つの実験棟のほか、緑豊かなビオトープも設置されています。日本ではかなり希少で、大学の保有する実験研究施設としては最大規模とのこと!
数々の大規模実験装置で水害による現象を再現
4つの実験棟では、主に模型実験などを通して様々な研究が行われています。実物大の階段模型を設置し、浸水した階段を上る実験のほか、地下街などにあるドア模型による浸水開閉実験や、津波再現装置による津波遡上実験など様々な大規模実験装置が配されています。
新型コロナウイルス感染症によるパンデミック以前は、一般の方が対象の公開ラボとして、水害体験イベントを年に1回開催し、1日に300名もの参加者があったのだとか。生憎、現在一般向けのイベントは行われていませんが、警察官、消防士など日常的に防災関係の業務に携わる方たちを対象に災害体験を実施するなど、学生の教育だけでなく海外の研究者や企業などにも広く利用されているそうです。
では、水害による危険は一体どんなところに潜んでいるのか? その恐怖は如何ほどか? 京都大学防災研究所 河川防災システム研究領域 工学博士の川池健司教授にお話をお伺いしつつ、水害による2種類の現象を体験させていただきました。
体験その1:「雨水流出実験」大雨が降るとどうなるのか!?
まずは、第1実験棟で行われる雨水流出実験に参加しました!貸出用の胴長(オールインワンの作業着と長靴が一体化したもの)&アウターに衣装チェンジし、早速豪雨の中へ。
激しい雨音&視界不良
さっきまでの静けさが一変し、話し声が聞こえにくくなるほどの轟音です。もちろん離れていても飛沫を感じます。
近年のゲリラ豪雨で、同じような体験をしたことがある方も多いかもしれませんが、傘と地面を打つ雨音が激しく、カメラマンの声は全く聞こえません。実験ということでウォータープルーフの衣装に長靴を履いていたので気になりませんでしたが、いつも着ている自分の服であれば、もちろんビショ濡れ&不快感MAXになること間違いなし! 視界も悪くなるので、歩行者、ドライバーともに危険な状況です。
教えて!川池教授〜防災研Q&A その1〜
川池教授に、気になったことをあれこれ聞いてみました。
Q:こちらの実験はどういったことを目的としているんですか?
川池教授:たとえば山に大雨が降った時に、雨水がどのように移動し、川の中をどのくらいの流量で流れていくのか。あるいは斜面を作って、そこに雨が降った時に、どういった条件でどういった仕組みで斜面が崩れていくのか……といったことを実験する施設になっています。ちなみに当施設の実験用の水は、地下にある大きな水槽に地下水を汲み上げて、その水をぐるぐると循環させて使用しています。でないと水道代が嵩みますから(笑)
Q:どの程度の雨を降らせていますか?
川池教授:この実験では200 mm/h相当の雨を降らせています。「どしゃ降り」とよばれる雨はおよそ30mm/hなので、それを大幅に上回る雨量です。日本で観測記録に残っている1時間の最大雨量が187ミリですので、1時間この雨量が降り続くような雨は今のところ記録されていません。ただ、1分、2分といった瞬間的に見ると、稀にですが、この雨に匹敵するような雨が観測されています。
Q:200 mm/h相当の雨の危険性は?
川池教授:この規模の雨が降ると、側溝から水が溢れ出るなど、いわゆる内水氾濫といったことが起こる可能性があります。この装置では最大300mm/h相当の強度の雨を降らせることができますが、その強度になると、かなりの視界の悪さと音も激しくなります。ここ数年、これまで経験したことのないような雨の降り方が各地で観測されていますので、京都でも警戒する必要があります。
Q:手前と奥の2箇所の装置で雨の降りかたが違うようですが?
川池教授:用途の違う実験ができるように、奥の方は雨粒が小さい霧雨のような雨が降ってくるような状態になっています。一方、手前の方はもう少し大きなスケールの実験ができるように、比較的大きい雨粒が降ってくるようになっています。
Q:天井部分に設置されている簾にはどういう意図があるんですか?
川池教授:雨粒が大きいといっても、実際の雨粒に比べるとまだ小さいので、なるべく雨粒がまとまって降ってくるようにと、簾や葦簀(よしず)を使っています。実際の雨ですと、1000m、2000mといった距離を落ちてくるので、もっとスピードも速いので。それを再現するのはなかなか難しいので、色々試行錯誤しながら研究しています。
Q:実験用の模型は実在の場所を再現しているんですか?
川池教授:地形自体は滋賀県北部の高時川流域(写真)を1/1500の縮尺で再現しています。模型はコンクリートむき出しなので水は全て流れていきますけど、実際は土で覆われていますので、その中に染み込んでいきます。この模型の目的は、あえて表面の被覆を変えた状態で実験できるようにしています。
Q:地質が異なると、どのようなことが想定されるんですか?
川池教授:土の場合は地中に染み込んだ雨水がゆっくり流れて、ゆっくり川に集まって流れていくんですけど、この模型のようなコンクリートの状態だと一気に水が集まって、大量の水を一気に流さないといけないんですよね。川の周りに人が沢山住むようになると、アスファルトの部分が多くなったり、家の屋根の面積が増えて、雨水が染み込む土地の面積が少なくなることによって水害が増えるんです。
Q:どういった対策がとられていますか?
川池教授:降った雨がすぐに出てこないように、別の場所に逃がすように遊水池などを作ったりはしているんですけど、費用がかさむこともあって、なかなか追いついていないのが現状です。京都府の川の整備率は全国的に見て決して高いとはいえないので、しっかりと個人個人、家族単位で防災意識を高めることが大事だと思います。そのためにも、ハザードマップなどのソフトを活用してもらうために、我々の研究を活かしていければと思っています。
体験その2:「自動車による浸水体験実験」浸水した車のドアは開けられるのか!?
次は、第2実験棟にて自動車による浸水体験をしました。 こちらは、鉄道や道路の下をさらに道路がくぐっているような、いわゆるアンダーパスと言われるような場所での水害を想定したもの。
低い場所に雨水は集まります。アンダーパスはまさに水の集まる場所になるわけですが、それに気づかず車ごと入ってしまって、脱出できなくなるという事故が近年多発しています。
では、一体どのくらいの水深で車から脱出しにくくなるのか? それを体験できるのがこの実験です。ちなみに、実験用の車は廃車された車を買い取り、エンジンや電気系統は全て取り外した状態で使用されているそうです。
水深45cm。運転席のスイングドアを開けられるか!?
今回の実験では、水の深さはドアの一番下から45cm程度に設定。太いパイプから凄い勢いで水が張られていきます。この水の音を聞いているだけで、水の威力を感じ、少し恐怖を覚えます。
セッティングができたところで、助手席から車に乗り込み、運転席に移動し、スタンバイ完了。筆者は日頃から運動しているので、体力、筋力は同年代女性の平均よりはある方だと自負していますが、はてさてドアを開けることはできるのか!?
左手でドアノブを持ち、右手を窓の際に置き、スイングドアの端寄りに全体重をかけ「フッ!」とプッシュ!!! ……するも、限られたスペースの運転席ではいまいち足の置き場や踏ん張る態勢がうまく取れず、1度目は開かずに終わりました。
足場を変え、態勢を整え直し、再度トライすると、水の中をドアがグッと押す手応えを感じました。開いた!と思った途端、足下から大量の水が車内に勢いよく流れ込んでくるではありませんか!?
「そりゃそうだ、浸水してる車のドア開けたらそうなるよね。当然やん!」と皆さん思われるかもしれませんが、いざ体験するとドアを開けることに必死になっているので、その後のことは想定できていないんですよね。
喜びよりも恐怖心
開けられたことに喜びを感じそうなものですが、喜びどころか水が勢いよく流れ込んできた恐怖が先に立って、「あーあーあーあー水がーーーー!」とパニックに陥ってしまいました。
実験とわかっている状況で、なおかつ廃車の実験専用車……防水のレンタルウェアを着ていてもそんな状態だったので、自分の車で、私服で、それこそ子どもでも乗っていようものなら……と考えただけでもゾッとします。
水深45cm、スライド式ドアは開けられるのか!?
運転席のスイングドア実験のあとは、後部座席に移動して、スライド式ドアにも挑戦してみました! 物理的にスライドドアは全体を一旦平行に外側に押し出さないといけない構造になっており、ドアの表面積に対して直角に大きな水圧がかかるので、こちらの方が絶対開けにくいだろうなぁということは予想がついていたんですが、内心「スライドドアもいけるんじゃないか?」って思っていたんですよね。この時は……。
ところがどっこいですよ。びくともしませんでした。
撮影していることもあり、何度かトライしましたが、もう早い段階でこれは頑張ったところで無理だな、というのを肌で感じました。ラグビーのフォワードプレイヤーがスクラムを組んだ瞬間に相手の強さがわかる、というあの感覚だと思います(スクラムどころかラグビーもしたことはありませんが)。
スライドドアが主流のミニバンタイプの車の後部座席には幼い子どもが座ることも多いと思います。低い水深であれ、スライドドアを自力で開けるのは不可能といえるでしょう。水の威力を決して侮ってはいけませんね。今回の実験で痛感しました。
教えて!川池教授〜防災研Q&A その2〜
Q:水深どれくらいまでならドアは開けられるものですか?
川池教授:性別や体格など個人差がありますし、車にもよりますので一概には言えませんが、60cmの水深になると成人男性でもスイングドアが開けられなくなります。体験された通り、スライドドアは構造的に低い水深でも開けられなくなります。運転席のドアにせよ、実験で開けることができたとしても、実際に水が迫ってきている恐怖感の中で冷静な対応をするのは難しいと思います。実際多くの方がアンダーパスで立ち往生して亡くなっていますよね。
Q:アンダーパスでの万が一に備えての対策は?
川池教授:最近の車は、窓の開閉も電動式になっているので、浸水すると電気系統が機能しなくなります。もしもの時のために、車内にガラスを割るための「専用ハンマー」を常備しておくのも有効でしょう。ただ、アンダーパスには危険が潜んでいますので、少しでも水が溜まってきている場合は侵入しないという意識を持つことが何より重要です。「このくらいの水深ならいけるやろ」と思って入っていく人が多いんですが、そういう油断が原因で引き返せなくなったりするので、甘く見ないことが大切です。特に知らない土地だとどこにアンダーパスがあるかもわからないと思います。アンダーパスではこういう現象がある、こんなに危ないんだということを知っておくことだけでも違うと思います。
Q:川池教授ご自身がとっている水害対策や、チェックしている情報は?
川池教授:私自身は、レーダー雨量のアプリをスマホにインストールしています。あと、事前に自分のいる場所の危険性をハザードマップで知っておくというのも重要です。また、標高を国土地理院で見ることができるので、自分のいる場所が周りと比べて高低差が相対的にどうなのかというのを見て、水が集まってくるところなのか、水が逃げていくところなのか、というのをチェックしておくと良いですね。自分の住んでいる地域、活動エリアの避難場所を事前にチェックして、家族で共有しておくようにしています。
ハザードマップを活用しよう!
災害時は自分の身を自分で守ることがとても重要です。そのためには、川池教授もおっしゃっているように、あらかじめ自分の住む土地に迫る災害の危険を知っておく必要があります。そこで活用してほしいのが、京都府が提供する「京都府マルチハザード情報提供システム 」です。
こちらのシステムについては以前詳しく紹介しているので、下記記事をご参照ください。
水害が多くなるこれからの季節。他人事と思わずに、ひとりひとりが、万が一に備えましょう。
■■取材協力■■
京都大学防災研究所流域災害研究センター宇治川オープンラボラトリー事務室
TEL:075-611-4391(平日9:00〜17:00)
中野里美
学生時代はバレーボール部に所属し、今でもママさんバレーや水泳などをしている「運動好き」として、浸水車からの脱出実験は、正直なところ「絶対開けてみせる!」「開けられるに違いない!」と意気込んで挑みました。実際、過去の体験イベントに参加された皆さん(特に体力、筋力自慢の男性)もやる気満々で、ドアが開く開かない以前にドアノブが破損してしまうそうです。やはり水圧、水の威力は想像を絶するな、とそのエピソードを聞いて思いました。これを機に改めて防災対策について家族とシェアします!