人口約1400人。日本で2番目に人口の少ない町・笠置町。
京都府南部に位置する自然豊かなこの町を舞台に、昨冬、とある映画の撮影が行われました。
その作品の名は『笠置ROCK!』。10月21日からいよいよ順次全国公開を迎える、今、注目の作品です。
学校の壁を登るCMで話題になったクライマー・大場美和さんがヒロインを演じ、町民の2割にあたる約300人が出演。
試写会では「究極の地域映画」と話題を集めた、日本初の本格ボルダリング青春映画です。
今回は、監督・馬杉雅喜さんと出演した町民の方に突撃インタビュー。
製作にかけた想いやエピソードを伺ってきました。
『笠置ROCK!』のあらすじ
笠置町で開かれる「ロックフェス」の下見に訪れた、売れないロックミュージシャン・裕也(古舘佑太郎)。しかしそのフェスが意味する「ロック」は、音楽ではなく岩!ロープやハーネスを使わず、身一つで岩を登るボルダリングの大会だった。そんな勘違いに落ち込む中、裕也は本気でボルダリングに取り組む地元の高校生・瑞希(大場美和)と出会う。ボルダルングを通して、町を再生させたいと願う瑞希。その姿勢に胸を打たれた裕也は、町外から訪れた不遜なボルダリング選手・寺山(尚玄)と戦うため、大会に出ることに……。「この町にリスペクトのない奴に、大会に出る資格はない!」
自然と調和した町・笠置町。抱える問題は日本の縮図
笠置寺にて
—馬杉監督と笠置町の出合いを教えてください。
2012年に笠置町でミュージックビデオを撮影したのが、この町との初コンタクトです。日本の原風景が残る場所で撮りたいなと思っていた時に、インターネットで見つけたんです。実際に訪れてみたら、橋梁や潜没橋があって、山も景色も綺麗で。自然と調和した町だなと思いました。
—『笠置ROCK!』のプロジェクトが始まったきっかけは?
そのミュージックビデオの撮影以降、年に1回くらい笠置町で撮影をしていたんです。役場の人にロケ地案内をしてもらったりしているうちに、町の実態とかを聞くようになって……。笠置町が抱えている問題は、日本の縮図だと思いました。そんな時、地方創生の一環で町のCMを撮りたいと相談されたのが始まりですね。
高齢化が進み、2013年11月〜2015年4月まで1年半にわたって出生数ゼロ——。美しい自然と裏腹に、笠置町は人口減少・産業減少という深刻な問題を抱えていました。相談を受けた馬杉監督は、一過性で終わるCMではなく、後世に残る映画という形で町をPRすることを提案。町民一体となって映画を作ることで、住民が少ないからこそ越えづらいコミュニティの垣根を取り払い、また、作品を通して町のイメージ・認知度の向上を図ることにしました。
一番大変だったけど、一番面白かった人集め
馬杉監督が題材に選んだのは「ボルダリング」。笠置町を流れる木津川沿いにゴロゴロと転がる巨岩・奇岩は、クライマーから「聖地」と呼ばれるほど貴重な資源。加えて、ボルダリングが東京五輪の正式競技種目に決定するなど、スポーツ自体も注目を集めていました。インタビューに訪れたこの日も、ボルダリングに励む若者の姿がそこかしこにチラホラ。青空の下、真剣な眼差しで岩と向き合っていました。
—一番大変だったことは何ですか?
準備段階ですね。オーディション時には20数人が来てくれたんですけど、後日、演技練習をするとなったら8人しか集まらなかったんです。これは企画倒れになる!と思って、それからビラを撒いたり電話をしたり……必死でした。時には「映画で何ができるねん」って怒られもしたけど、いざ撮影が始まったらその人も現場に見に来てくれはって。今思ったら一番しんどかったけど、一番面白かったですね。
—キャスティングはどのように決めたのですか?
台本はもともと8人の出演者用に書いてあったんです。でも、日を追うごとにいろんな人が演技練習に来てくれるし、一つでも役を増やしたいと思ったので、大半は当て書き(役を決めてから脚本を書くこと)しました。この人にこんな役をさせたいなと思ったら、キャラを増やしたり、セリフを分けたりとかして。やっていくうちに、皆に役がはまっていろんなキャラができて面白くなりました。
おじいちゃんの夢を聞いて命をかけた
たった8人からスタートして、最終的には約300人まで集まった町人出演者たち。その中には、長い年月を経て昔年の夢を叶えた人たちもいました。濱路正實さん・とし子さんご夫婦、古川渡さんは、演技練習皆勤賞の3人。出演したきっかけを聞いてみると……。
左から馬杉監督、濱路正實さん・とし子さんご夫婦、古川渡さん
「25歳の頃、演芸会に出ててん。喜劇俳優で主役もやってたんやで。昔の血が騒いだんや」と笑う古川さんは、裕也に差し入れをする町民役。出演後は「映画に出てたね」と、声をかけてくれる人と交流するのが嬉しいとホクホク顔です。
一方、濱路さんご夫婦は、裕也を見守る夫婦役で出演。「人間、チャンスは掴まなあかん。81歳で初めてチャンスがきたんや。そら前向きにやるで」。そう語る正實さんは、若い頃、役者を志すも母親の反対で断念。胸にくすぶりつづけていた夢を叶えるため、今回の出演者募集の回覧を見て、一も二もなく応募したといいます。妻のとし子さん曰く「それまで元役者志望なんて聞いたことなかったからびっくり。私は主人についていっただけ(笑)」と、にっこり。映画製作の舞台裏も見られていい経験ができたと話します。
馬杉監督は、そんな彼らの想い、若かりし頃の夢を聞いて、「命をかけて取り組まなあかんと思った」のだとか。
厳しい撮影を支えてくれた、温かい炊き出し
昨年9月にオーディションがスタートし、同年12月にわずか10日間で撮影。笠置町の映画作製プロジェクトは、超タイトスケジュールで進められました。冷たい風が吹きすさぶ中で進められた長時間の撮影は「正直、地獄やった」と馬杉監督。しかし、その「地獄」にも救いのひと時があったそうです。
左から西舘万理さん、坂本かおりさん、馬杉監督
「勢いで出ることになったら、めっちゃ重要な役をもらって胃がキリキリしました」と語る西舘万理さんは、瑞希のお母さん役。当時、行政で働いていたため、写真撮影に行ったらそのまま出演することになったのだとか。坂本かおりさんは「夫が出たいと言ったので」と、家族3人で揃って出演。ご夫婦で裕也のライバルバンドのメンバー役を演じ、息子のケイ君は冒頭で見事な落語を披露しました。
そんな彼女たちに女性2人を含めた地域団体「HOME」のメンバーが、馬杉監督の救い主!撮影を行った10日間、過酷な撮影に挑むスタッフ全員分の炊き出しを買って出てくれたそうです。
—炊き出しが救いだったというのは?
撮影に入ってからは、睡眠時間もほとんどなかったり寒かったり、ギリギリのラインでやってました。そんな中、すぐ近くの場所で毎日毎日、違うメニューで温かいご飯を出してくれて……。それがほんまうまかった。大人数のご飯を作るのは大変やったと思うんですよ。すごく低予算で映画を作ってるから、他の町の人も野菜とかも提供してくれたって聞いてるし。ほんま、いろんな人に支えてもらって映画が出来上がったと思っています。
—西舘さん、坂本さん。炊き出しは大変でしたか?
大変でしたね(笑)。でも、どんどん衰弱というか疲れていってはるのがわかったから。村のために動いてくれたはるんやし、ちょっとでも温かいものを食べてもらいたいと思って。それだけです。
町のために奔走する馬杉監督と、監督を含めた映画スタッフを支える町の人。その絆はどんどん深まり、いつの間にか、「HOME」のメンバーがホワイトボードに献立を書き、映画スタッフが感想を書くという流れが自然に出来上がっていったのだとか。
『笠置ROCK!』が完成する前の、仮のタイトルは「プライド」。問題を抱えているからこそプラスに捉え、皆で町を盛り上げていきたい——。このインタビューを通して、馬杉監督と町人の方々の誇りを垣間見た気がしました。
『笠置ROCK!』上映スケジュール
10月21日(土)〜11月5日(日) 京都 イオンシネマ桂川
10月29日(日) 東京みなとシネマフェスティバル
11月11日(土)〜24日(金) 愛知 イオンシネマ岡崎
『笠置ROCK!』公式ホームページ
https://www.kasagirock.com