罠にかかった鶴を逃してやると、反物を織ってプレゼントしてくれたり、子どもにいじめられていた亀を助けたら竜宮城に連れて行ってくれたり。物語に登場する動物たちは、時として思わぬ義理堅さを発揮するものです。
ご存知でしたか?その昔、「山城国」と呼ばれた京都府南部でも、意外な動物がとある一家に恩返しをしているんです。その動物は……なんと蟹(カニ)!
きたる4月18日(水)、その蟹にちなんだ行事が木津川市のお寺で行われると聞きつけ、ひと足先におじゃましてきました。
お寺の長い歴史を物語る国宝の御本尊・釈迦如来坐像
こちらが蟹と縁が深い、その名も蟹満寺さん。平成22年に改築されたのでピカピカですが、実は奈良時代以前に建立されたという歴史あるお寺です。かつては2町——つまり200×200mほどの広い境内をもつ、南山城の中核的寺院だったそうですよ。
その長い歴史を物語るのが、本堂に安置されている御本尊の釈迦如来坐像(国宝)です。白鳳時代(一般に645〜710年)の丈六像で、高さ2.4m、重さなんと2.2t!
整った優美なお顔ですが、仏様のトレードマークである白毫(おでこのぽっちり)や、螺髪(つぶつぶの髪の毛)がなく、体はふっくらとされています。指の間には水かきのような「曼網相」がはっきり見て取れますね。実はこの時代に鋳造された丈六*の仏像は、わずか数体しか残されておらず、歴史的にも美術的にも大変貴重な仏様なんだそうですよ。
*丈六とは:仏像の背丈の基準で、立像の場合は1丈6尺(約4.8m)、坐像の場合その半分の高さ。釈迦の身長が1丈6尺(約4.8m)あったという伝承に基づく。
蟹と蛇がガチバトル!心優しい娘を救った「蟹の恩返し」
そんな蟹満寺さんが創建された経緯を伝える「蟹満寺縁起」が、いわゆる「蟹の恩返し」のお話。どんなお話かというと……。
むかし、この辺りに善良で慈悲深い娘とその両親が住んでいました。ある日、娘は蟹をたくさん捕まえて食べようとしている村人に出くわし、彼らから蟹を買い求め、草むらへ逃がしてあげました。
後日、父親が田んぼを耕していると、今度は蛇に飲み込まれそうな蛙に遭遇。哀れんだ父親は娘を嫁がせることと引き換えに、蛇から蛙を救いますが、すぐに大後悔。話を聞かされた娘は、父親をなぐさめ、観音様に救いを求めました。
日没が近づいた頃、ヘビは正装に身を包んだ紳士に化けて、娘を迎えに来ました。その時は嫁入りの支度を理由に断ったものの、後日、再訪したヘビ紳士。雨戸を閉ざし迎え入れない親子に腹を立て、大蛇の姿になって荒れ狂いました。
恐怖におののきながら、一心に観音教を唱える親子。すると、観音様が現れて「恐れなくても大丈夫。娘は慈悲の心深く、善良な行いをされています。私を信じて念じる力は、この危機を救うでしょう」と告げ、姿を消されました。
するとどうしたことか、間もなく蛇が暴れる音が消え、外が静かになりました。夜が明けて戸を開けると、そこには、バラバラに挟み切られた蛇と無数の蟹の亡きがらが残されていたのでした。
親子は観音様に深く感謝し、娘の身代わりとなった蟹と哀れな蛇を弔うため、お堂を建てて観音様を祀りました。その由来から、お堂は蟹満寺と名付けられました。
お父さん、いくら蛙がかわいそうとはいえ、ちょっと……いや、かなり迂闊ですね;^_^A このお話にちなんでか、お寺の家紋である寺紋は「蟹牡丹」。他にも境内では、いたるところで蟹の姿がみられます。
もちろん、お守りや土鈴などの授与品も蟹ですよ。
4月18日は蟹「の」恩返しのお寺で、蟹「に」恩返し
この「蟹の恩返し」に因縁をもつ観音様は、御本尊に向かって右の脇檀に安置されています(写真中央)。こちらの聖観音坐像は木造金漆塗で高さ約1.4m。蟹の身代わり観音と称され、古くから厄除け・災厄除けの信仰を集めてこられました。毎年4月18日に行われる「蟹供養放生会(ほうじょうえ)」では、まずこちらの観音様の前で護摩供法要が行われます。
放生会とは、日々の生きるための糧となってくれている命へ感謝し、生き物を野に放つ法要。近年は魚が一般的ですが、蟹満寺さんではもちろん蟹!市場から買い求めた300匹ほど生きた沢蟹を、参拝者の手で境内の手水鉢に放ちます。自由になった沢蟹たちは、設けられた穴を通って境内の外へ。いつか恩返しに来てくれるでしょうか。
当日は11:30〜観音大護摩供が執り行われ(施主のみ参加)、12:30〜琴古流尺八と琴の演奏・抹茶接待(無料)があった後、13:30〜沢蟹の放生が始まります。私、冬に丹後で美味しい蟹をいただいたんですよね。命の恵みに感謝を込めて、今年は参加をしようかしら。
(ちなみに現在の御住職は、「蟹は食べません。決まりじゃなくて好みか体質の問題かな(笑)」とのことでした。)
■■INFORMATION■■
蟹満寺
住所:木津川市山城町綺田浜36
拝観時間:8:30〜16:00
拝観料:本堂500円(境内自由)
電話:0774-86-2577
アクセス:JR奈良線「棚倉」駅下車徒歩約20分、JR「棚倉」駅から山城コミュニティバス「蟹満寺口」下車徒歩約5分(平日のみ運行)