今月5日から数日間、断続的に雨が降り注ぎ、西日本に甚大な被害をもたらした「平成30年7月豪雨」(西日本豪雨)。京都府各地も土砂災害や浸水被害にみまわれ、死者5名・負傷者7名を出す深刻な被害を受けました。観測史上最多の雨量を記録し、今なお爪痕を残す今回の豪雨。その時、南丹市にある桂川上流の日吉ダムはどんな状況になっていたのでしょうか。日吉ダム管理所の佐藤隆徳所長代理と鶴川健治さんにお話を伺いました。
西日本豪雨で初めて開かれた日吉ダムの非常用洪水吐きゲート
今回、7月4〜8日の間に降った日吉ダム流域の累計雨量は492mm。激しく降ってはおさまってを繰り返し、時間雨量は5日4・13・21時と6日14時をピークとした山を4回描くように推移していきました。ダムを建設する時、流域の雨量を統計処理し、「計画雨量」というものが立てられますが、日吉ダムのそれは2日間で349mm。今回の豪雨では5・6日で421mmと、計画雨量の1.2倍の雨が降ってしまいました。
右が佐藤隆徳所長代理、左が鶴川健治さん
「今回は前線性の雨だったので、台風と違っていつ降っていつ止むかわからない。本当に緊張状態を強いられた数日間でした」と、振り返るお二人。それではお二人に、当日の状況やダムについての疑問を聞いてみましょう。
●事前にダムの水位を下げておくことはできなかったのですか?
日吉ダム貯水池。左が降雨前、右が降雨後
皆さんそうおっしゃられるのですが、今の予測精度ではそれが難しいんです。今回も1日前の4日時点で、気象庁のスーパーコンピューターで予測された合計降水量は約200mmでした。その雨量なら問題はなかったのですが、5日に降り始めると予測は約400mmになり、一時は最大600mm程度にまで上昇。いつ・どこで・どれだけ雨が降るのか、ピンポイントで正確に予測することは、現在不可能なんです。
また、日吉ダムの役割として、洪水調節も大きな目的なのですが、河川の正常な機能の維持や水道用水の確保があります。充分な貯水量を保っていなければ、いざ予測が外れた時に、これらの水が確保できない事態となってしまいます。その上、実際にそういった操作を行う場合は水道用水を使う関係機関に協議を行い、事前に了承をいただくことが必要で、時間的にも対応は困難です。
●ダムの水を放流して、下流が洪水になることはないのですか?
ダムに入ってきた水を下流に流し、その水が亀岡に到達するまで2.5〜3時間ほど、嵐山なら3〜4時間ほどかかります。今回、下流域に雨がたくさん降っている時、つまり川の水位が上昇し続けている時は、日吉ダムはギリギリまで水を貯め込みました。その後、雨が小降りになって川の水位が下がったタイミングで放流を開始。こうして河川への水の流量ピークをずらすことで、水位が急上昇しないようにしました。グラフで見ると流入(青い線)のピークは6日の0時頃、放流(赤い線)のピークは6日16時頃。約16時間のタイムラグがあります。実際、最大907㎥を放流しましたが、亀岡の川の水位は30センチほどしか上昇しませんでした。
●非常用洪水吐きゲート(クレストゲート)から水を流した理由は?
日吉ダムでは、通常、利水バルブという管から水を流します。この管は毎秒最大50㎥まで水を流すことができます。それより多くの水を流すときには、常用洪水吐きゲートを使います。常用洪水吐きゲートは2門あり、最大500㎥まで水を流すことができます。また、日吉ダムでは上流から150㎥以上の水が流れ込んだ時には、下流へは150㎥の水を流し、残りはダムに貯め込みます。この操作を「洪水貯留操作」といいます。
今回は長期にわたって降雨が続き、強い降雨が4回ありました。3回目までの強い降雨による流入量の増加はダムに貯留できました。しかし、3回目の強い降雨によってダムは満杯になり、ダムに流れ込む水をそのままダム下流に流す操作に移行しました。この操作を「異常洪水時防災操作」といいますが、今回はこの操作中に常用洪水吐きゲートから放流できる量をはるかに上回る流入量となったことから、ダムが建設されてから初めて非常用洪水吐きゲートを使用しました。
●非常用洪水吐きゲートを開ける際の手順を教えてください
まず、洪水調節をする際は、自治体の防災の部署や国土交通省など関係各所へ連絡・報告を行うことが義務付けられています。そしてダムの貯留容量が満杯になると予想された5日の21時半頃には「異常洪水時防災操作」に移行することを下流の自治体に連絡して情報収集に集中してもらい、「異常洪水時防災操作」の開始1時間前と開始した時にも連絡を行いました。「異常洪水時防災操作」実施時に、流れ込む水の量が「常用洪水吐きゲート」の放流能力を超え た時には、「非常用洪水吐きゲート」を開いて水を流すことになります。非常用洪水吐きゲートの操作自体は、他のゲート操作と変わりありません。
●平成25年に嵐山が浸水した時との違いは?
貯水池にある最高水位を示すマークは平成25年の時のもの。今回もそれに迫る水位だった
あの時は今回と違い、台風による大雨だったので、止み終わりが比較的正確に予測できていました。そのため、ギリギリまでダムに水を貯め込み、亀岡の河川水位が下がったことを確認してから、常用洪水吐きゲートから500㎥を放流しました。当時「ダムのゲートを開けたから嵐山が浸水した」と叩かれましたが、実はダムの放流によるものではなく、ダム上下流の降雨量が多すぎたためなんです。今回、ひどい浸水被害がなかったのは、平成25年の教訓を生かし、桂川の河床を掘るなどの河川改修をされたことが大きいと思います。
●じゃあこれからも日吉ダムがあれば安心ですね。
日吉ダム貯水池。今回、木の色が変わっているところまで水位が上がった
いえ、ダムがあるからと安心はしないでください。今回だけでなく、昨年は九州北部豪雨、平成27年には関東・東北豪雨が発生し、甚大な被害が出たことはご記憶されていると思います。近年、日本では気温が上昇し、大雨の日数が増加傾向にあるようです。毎年のように日本のどこかで被害が起きている。それは京都でも起こり得るんです。平成27年に鬼怒川(茨城県)が決壊した時の雨量が降れば、それよりキャパシティの小さい日吉ダムでは調節しきれません。地元自治体から避難指示などがあった際にはそれに従い、日頃から防災に関する備えはしておいてください。
日吉ダム管理所内。今回の豪雨では全職員13人が2〜3日間、徹夜で管理所に詰め、各所への連絡や電話対応、安全確認や今後の方針検討などを行ったそうです。本当にお疲れさまでした。
私たちが災害に備えてできること
近年は当たり前になってきたゲリラ豪雨、そしてこれからの時期に多発する台風…。自然の脅威はいつどんな規模で訪れるかわかりません。日吉ダムの佐藤所長代理と鶴川さんもおっしゃっている通り、大規模災害から身を守るためには、一人ひとりの備えが重要です。防災グッズを常備しておくのはもちろん、どんな行動をとるべきか整理しておくこと、「正しい情報」の入手方法を知っておくことも、いざという時に役立ちます。今のうちにしっかりチェックしておきましょう。
●地域のタイムラインを作ろう
タイムラインとは、「いつ」「誰が」「何をするのか」、取るべき行動を時系列で整理した防災行動計画のこと。2012年、北米東海岸にハリケーン・サンディが上陸した際、甚大な被害はありましたが、タイムラインによって減災効果を上げたといわれています。日本でも2014年から制作に着手しました。
京都府内では、淀川水系・由良川水系・二級水系の3圏域で、河川の氾濫や土砂災害に対応するタイムラインの作成が進められています。自主防災組織や消防団、自治会の皆さんで、自分たちの地域にあったタイムラインを作成・運用しましょう。作り方は4ステップ! 詳しい作り方やひな形のダウンロードはこちらから。
●ハザードマップを確認しておこう
「京都府マルチハザード情報提供システム」では、洪水による浸水が想定される区域や、土砂災害警戒区域、避難施設の位置などを地図上で確認することができます。
また、各市町村で、災害による被害の想定をした「ハザードマップ」も作成されています(詳しくは各市町村に問い合わせ)。事前にしっかり確認をしておきましょう。
●信頼できる情報ツールを活用しよう
「京都府マルチハザード情報提供システム」以外にも、行政が発信する信頼性の高い情報ツールはたくさんあります。いざという時、正しい情報を入手し、デマに惑わされたりしないよう、これらを積極的に活用しましょう。
*京都府防災・防犯情報メール
事前に登録しておくと、気象・防災・避難情報が配信されます。
*京都府河川防災情報
最新の雨量や川の水位、洪水情報に加え、河川防災カメラのリアルタイムな映像、大野ダム・畑川ダムの観測情報なども確認できます。
*きょうと危機管理Web
京都府河川防災情報や土砂災害警戒情報、市町村からの避難情報などを発信。防災関係機関などへのホームページリンクもあります。
*気象庁ホームページ 洪水警報の危険度分布
洪水発生の危険度が5段階の色分けで、河川ごとに地図上で表示されます。
最後になりましたが、平成30年7月豪雨でお亡くなりになられた方に対しお悔やみ申し上げますとともに、被害を受けられた皆様に心からお見舞い申し上げます。