金色の身体にぽってり丸〜い太鼓腹、大きな袋を片手に今にも大笑いしそうなこちらの布袋様。何となく大陸的な異国の趣を感じませんか?
この布袋様がおられるのは、宇治市にある黄檗山萬福寺。江戸時代に創建された大禅刹でありながら、「日本のお寺じゃないみたい!」、「チャイニーズテイスト満載」と評判を集める、他に類を見ないお寺なんです。今回は、そんな萬福寺の魅力を大解剖! 京都から中国の風をお届けします。
黄檗山萬福寺ってどんなお寺?
開山は日本にさまざまなものを将来した隠元さん
萬福寺は日本三禅宗の一つ・黄檗宗の大本山。寛文元(1661)年、中国福建省から来日した隠元隆琦(いんげんりゅうき)禅師によって開かれました。隠元さんといえば、大陸のさまざまな文化や風習を伝え、日本に煎茶文化をもたらしたとされる超有名なお坊さん。インゲン豆やスイカ、レンコン、タケノコ(孟宗竹)なども隠元さんによって将来されたものなんだそうです。
旧を忘れない……寺名も伽藍も明朝様式で
さて、そんな隠元さんは当初、3年で中国に帰国する予定でした。が、その人気ぶりが凄まじく、結局は日本に引き留められ、徳川4代将軍・家綱に与えられた10万坪という広大な寺領に萬福寺を開創することになったのです。「黄檗山 萬福寺」という名前は、隠元さんが中国で住職を務めていたお寺と全く同じ名前。そこには「旧を忘れない」という意味が込められており、伽藍も仏像も従来の日本式とは異なる明朝様式で整えられました。
建造物に漂うチャイニーズテイスト
建材は南・東南アジア原産のチーク材
代表的禅宗伽藍建築群として、23棟の主要な建物と回廊などが国の重要文化財に指定されている萬福寺。その伽藍配置は明朝様式を取り入れた左右対称で、萬福寺で一番大きな伽藍・大雄寶殿の建材は、南アジアや東南アジア原産のチーク材が使用されています。日本では馴染み深いヒノキも「水に強い・耐久性に優れている」という特徴があるのですが、あえてチーク材を使ったところにこだわりを感じます。ちなみに大雄寶殿は、チーク材を使用した歴史的建造物としては日本唯一のものなのだそうです。
卍に由来する勾欄のデザイン
もちろん、建物のデザイン自体も中国的。ピンっと反り上がった軒に、「日」「月」を表すという丸い窓「円窓(えんそう)」、日本では一般的な卍模様ではない「卍くずし」と呼ばれるデザインの勾欄(こうらん)など、「なんか日本と違う」感がそこかしこに漂っています。
お寺っぽくない!?プリティーな扉
開け放つことで魔を払う桃戸
先ほどから度々登場している大雄寶殿は、萬福寺の本堂。中にはご本尊の釈迦牟尼仏や十八羅漢(中国人仏師・范道生の作)が安置されています。萬福寺のお坊さんは毎日朝・夕の2回、ここで勤行(お勤め)をされるそうです。そんな大雄寶殿の正面に設けられた小ぶりの扉には……
ぷりっと可愛い桃の紋様が刻まれています。今なお厳かな修行道場としてあり続ける萬福寺とはミスマッチな気がしますが、桃は魔除けの意味を持つ中国由来の吉祥文様。日本でも、鬼退治で有名なのは「桃」太郎、イザナミに追いかけられたイザナギが投げつけたのも「桃」ですもんね。勤行の際は、悪しきものを退散させるため、勢いよく開け放たれるそうです。
「闇の眷属」ではなく「福を呼ぶ使者」
境内の片隅には売茶翁(ばいさおう・まいさおう)を祀る賣茶堂があります。売茶翁はもともと黄檗宗のお坊さんで、後に京都の東山に「通仙亭」という茶亭を開き、煎茶の普及に貢献した方。還俗してからは高遊外(こうゆうがい)と名乗りました。賣茶堂は布袋さんが鎮座する天王殿に向かって右側、白塀に囲まれた一角にひっそりと佇んでいるのですが、その扉を見てみると……
蝙蝠(こうもり)の透かし彫りが施されていました。蝙蝠といえば、一般的に吸血鬼・不気味・オカルト・ホラーなどのネガティブなイメージがありますが、実はこれもれっきとした吉祥紋様! 中国語では蝙蝠の「蝙」の音が「福」と同音であるため、福を呼ぶシンボルとされてきたんです。そう聞くと、丸みを帯びたフォルムが可愛く思えてきますよね。
境内にひそむ伝説の生き物たち
聖域を守る水辺の覇者
萬福寺の境内には、2種類の伝説の生き物がひそんでいるのをご存知ですか? まず、注目して欲しいのは、こちら!総門です。総門は中央の屋根を高く、左右を一段低くした中国式の「牌楼」と呼ばれる様式です。漂うその中華感に目を奪われがちですが、ぜひ屋根の上を見てみてください。四隅に乗っているのは、シャチホコ……ではない! 足が生えています! これはガンジス河に生息するワニで、女神の乗り物とされる「摩伽羅(まから)」。ワニは水辺の動物の中で一番強い!ということで、アジアでは聖域の結界となる門や仏像の装飾などに摩伽羅が使われるのだそうです。
境内全域に長い体を横たえる
禅宗寺院でしばしば目にする伝説の生き物といえば「龍」。法堂の天井によく大きな姿で描かれていますよね。しかし、ここ萬福寺の龍はもっとビッグサイズ! なんと境内全体で表現されているんです。摩伽羅がいる総門が喉、門前にある二つの「龍目井」が目。縁石で挟まれた参道のひし形の石が背のウロコを、蛇腹天井と呼ばれる大雄寶殿や法堂などの軒下はお腹を表すのだとか! 大陸的なスケールの大きさにビックリです。
布袋さんと並ぶ萬福寺の人気者・開梆
行事や儀式の刻限を告げる木魚の原形
ガイドブックやWebで萬福寺が紹介される際、必ずと言っていいほど登場するのがこちら。斎堂(食堂)前に吊るされた大きな木製の魚・開梆(かいぱん)です。開梆は魚梆(ぎょほう)とも呼ばれる木魚の原形。日常の行事や儀式の際、雲水さんがバットのような木の棒でお腹を叩き、その音で境内全域に刻限を告げます。ちょっぴりユーモラスな表情で、参拝者から人気を集めているのですが、実は、この開梆には深〜い意味があるんですよ。
魚の形である意味は?口にくわえている玉は?
——そもそもなぜ魚の形なのか?
その理由は、魚は寝る時も目を閉じないから。つまり不眠不休の象徴であり、叩くことで「魚のように昼夜の別なく寝る間を惜しんで、日夜修行に励むように」と、怠惰を戒めているそうです。改めてアップで見ると、何だか目ヂカラがすごい気がします……。
——口にくわえている玉は何なのか?
この玉は、仏教でいう三つの煩悩「三毒(さんぬ)」の塊なんです。その煩悩とは、「貪(とん)=むさぼり・必要以上に求める心」、「瞋(じん)=怒り」、「痴(ち)=愚痴をこぼすこと」。開梆はこの玉を吐き出そうと努めている姿であり、雲水さんは吐き出しやすいようにお腹を打ち、またその時に自らの心も戒めるそうです。ただ時を告げるだけのものじゃないんですね。
内容によって使い分けされている鳴らし物
萬福寺には、開梆以外にも時を告げる鳴らし物があります。開梆と同じく斎堂前に吊るされている雲版(うんぱん)は、朝・昼の食事と朝課(朝の勤行)の時に打つもの。法堂前をはじめ境内の5カ所に設置されている巡照板(じゅんしょうばん)は、各所に詰める役僧の起床・就寝を告げるため、朝4時半と午後9時過ぎ(!!)に各寮舎を回りながら打ち鳴らされるそうです。
ほかにもいろんなものが中国風!
まるで音楽のようなお経
黄檗宗のお経は、隠元さんの時代からずっと、唐音と呼ばれる中国語で読まれています。特に「梵唄(ぼんばい)」と呼ばれるお経は、鐘や太鼓などの鳴り物が一定のリズムを刻み、節をつけて誦まれとっても音楽的。天台宗や真言宗などで唱えられる声明とはまた違った趣があるんですよ。この梵唄は、毎月3日に開山堂で行われる「開山忌」などで聞くことができるので、気になる方はそのタイミングでぜひお参りを。
中国文化と日本の恵みが融合した精進料理
普茶料理とは、隠元さんが伝えた精進料理のこと。「普(あまね)く衆に茶を供する」という意味で、席の上下なく和気藹々と一卓を囲んでいただくのが作法です。献立は、野菜や乾物の煮物「笋羹(しゅんかん)」、調理の際に余った野菜のヘタなどを刻んで葛でとじた「雲片(うんぺん)」、味の付いた天ぷら「油じ(ゆじ)」など、二汁六菜が基本。香り付けに植物油を巧みに使うため、日本の精進料理より味が濃厚なのが特徴です。3日前の午前中までに電話で予約をすれば、萬福寺でも普茶料理をいただけますよ(詳しくは公式HPで)。
布袋さんに開梆、桃も!お守り・おみくじをチェック
大雄寶殿近くの売店には、布袋さんや開梆などをモチーフにしたお守りやおみくじ、グッズが充実。ころんと可愛い「布袋おみくじ」は500円、ツゲの木を彫った「魚梆守り」は1000円、福を授かりそうな「布袋守」は500円。また現在は、2022年に迎える宗祖隠元禅師三五〇年大遠諱に向けて、「福」の1文字を参拝者で1万枚写経し、「萬福」つまり「萬(よろず)の福」を願うという「萬福願掛け」(志納金1色300円〜、5色組1500円〜)も行われています。桃をかたどった桃散華に、心静かに「福」と書き、願いの成就を祈りましょう。
おまけ☆参拝中に見つけたちょっとした遊び心
■■INFORMATION■■
黄檗宗大本山 萬福寺
住所 宇治市五ケ庄三番割34
拝観時間 9:00~17:00(受付は16:30まで)
拝観料 500円
電話 0774-32-3900
アクセス JR奈良線・京阪宇治線「黄檗駅」下車徒歩約5分