梅雨も明け、ますますビールが美味しくなる季節が到来!! グラスにシュワ―っと注いだ時のあの香り、ゴクリと飲んだ時に広がる爽やかな苦味。それらを形作っているのがホップ(写真の右下にご注目!)という植物だとご存じでしたか?
日本では北海道や東北など北日本で多く栽培されていますが、天橋立から車で10分ほど内陸に行った与謝野町でも約6年前から栽培され、今やその「与謝野ホップ」を使い、京都与謝野醸造所でオリジナルビールも造られているのです。どうして与謝野町でホップを作ることになったのか、ホップはどのように栽培されるのか、などなど与謝野町のホップ畑をおじゃまして、お話を伺いました。
2022年1月17日追記:取材させていただいた京都与謝野酒造さんですが、2022年1月10日をもって業務終了されました。
「与謝野ホップ」の仕掛け人は
「与謝野町でホップを作っている人がいるそうだよ。しかもはじめたのは世界のビアシーンを取材しているビアジャーナリストの藤原ヒロユキさんという方なんだって」という話が耳に入ってきたのは今から数年前。面白いことをされる方だな~と思っていたら、あれよ、あれよという間に与謝野町で栽培される「与謝野ホップ」はクラフトビールの醸造家やビール愛好者の間で有名な存在となりました。
この与謝野ホップの仕掛け人ともいえる藤原ヒロユキさんは大阪府出身。雑誌「ホットドッグ・プレス」や「ビギン」などでも連載を持っていた人気イラストレーターで、1995年からはご自身が好きだったビールにフォーカスを当てたイラストと執筆活動を開始。2010年に日本ビアジャーナリスト協会を立ち上げて会長となり、欧米のビアコンテストにジャッジとして招かれたほどの方なのです。
世界に通用する日本発祥のビールを
そのような方がなぜ与謝野町でホップの栽培をはじめることになったのでしょうか。
「世界のビールコンテストに行って海外の審査員や評論家、醸造家らと交流する時、必ず日本のビール事情について聞かれるのですが……聞かれるたびに日本オリジンのビールがないことにずっと疑問をいだいてたんです」。
というのも現在、日本で人気のIPAビール(※)はアメリカの西海岸で流行っているスタイルのものですし、ピルスナー(※)はチェコのピルゼン地方で誕生したビール。
「これらはその土地の原料を使った、その土地の風土の中で生まれたビール。ですから日本でどんなに品質の良い、IPAやピルスナーなどを造ってもそれはコピーでしかないんですよね。」
※IPA:ホップを大量に使って造るビール。香りと苦味が一般のビールより強め。
※ピルスナー:日本人にも馴染み深い黄金色のビールで、爽やかでスッキリとした喉越しが特徴。
ビールの原料はモルト(麦芽)、ホップ、酵母、水の4つ。中でも「ビールの魂」と呼ばれるホップはビールの苦味や香りのもととなる原料です。数あるホップの中からどの種類のホップをブレンドし、どれだけ使うかで味わいが大きく変化します。
しかし現在、国内生産ビールの90%以上を輸入に頼っていますし、北日本で作られているホップも大手ビール会社との契約で作られているので一般に流通はしていません。そこで世界に通用する日本発祥のビール、ジャパニーズビールという新ジャンルを作るために、まずホップを栽培しはじめたのです。
さらに今まで栽培されていなかった地で採れたホップを使いたいと、奥さんの実家がある与謝野町で「まず少しだけ…」と、ホップを植えたのが2013年のこと。それを見ていた地元の農家の方の中で「面白そう!」という人が出てきて、2015年から一緒にホップの栽培をはじめるようになりました。
ホップは一般的に冷涼で乾燥した地で育つといわれているので、栽培当初は周囲から成功するのに数年かかるだろうといわれていました。しかし、藤原さんがそれまで得てきたホップの知識や情報を農家の人に伝え、さらにホップ博士といわれる専門家などからレクチャーを受けたところ、初年度の秋に100キロの収穫に成功。
「これは専門家からのアドバイスをすぐに具現化できる地元農家の方のスキルの高さあってのこと。本当に私ひとりでは農業として全く成立はさせられませんでした」。
そして町のプロジェクトとなり、「与謝野ホップ」とブランド名がつけられ「京都与謝野ホップ生産者組合」が誕生。2020年には約2トンもの収穫量を上げ、全国でも屈指の生産地になります。
与謝野ホップは大手との契約栽培ではなく、フリーラスでのホップ栽培と販売を行った日本での魁(さきがけ)的存在になりました。
ホップ栽培の1年
藤原さんのホップ畑へ案内していただきました。こんなに高い棚がズラリと並ぶんですね! 現在、農業法人を含め7軒の農家でホップが栽培されており、藤原さんの畑ではカスケード、チヌーク、コロンブス、イブキの4種類が栽培されています。
それでは、どのようにホップが育てられるのか、一年を追ってみましょう。
3月
ホップはアサ科カラハナソウ属のツル性の多年生植物なので土の中で冬を越した株を6、7割掘り起こす「株開き」を行い、続いて株から余計な側根を取り除き、ひとつひとつ形を整える「株ごしらえ」を行います。
4月初旬
しばらくすると芽が出てくるので1株で6、7つぐらいになるように芽を間引きます。多いものでは100ぐらい芽がでるんですって。そんなに芽が出てくるなんて、ある意味、雑草ぐらい強いのかと思い藤原さんに伺うと「そうかと思うと急に枯れたり病気になったりするので、弱いのか強いのか分からないんですよね」。急に変わるということは、なかなか目を離せないということですね。
4~5月
ツルを這わせるための縄を張る「縄下げ」を行います。320株ある藤原さんの畑に張る縄の数は1200~1300本。長さは2階建ての家の屋上くらいの高さの約5メートル。続いて「誘引・ツルあげ」を行い、除草やホップのツルの剪定など日々、手入れをしていきます。
5月中頃~6月
ツルは上の方まで到達し、花が咲き、ホップの房ができます。
7~8月
収穫。今年は早く、6月20日に初収穫が行われたのだとか。東北や北海道の収穫は8月からなので北半球最速ともいわれています。
手摘みで収穫する与謝野ホップの香りは格別
ホップの収穫はツルを全部抜いて摘花機でホップを外すのが一般的ですが、与謝野ホップは全て手摘みで収穫されます。これは本当に大変な作業。
「ですが一つのツルにあるホップの全てが収穫に適しているとは限りませんよね。手摘みだと過熟や未熟を見極めながら収穫できるんです。ツル全てを一気に収穫すれば1日で終わりますが、うちはこうやって手摘みで行うので収穫に約2か月近くかかるんですよ。」
摘んだばかりのホップを手に取ると、辺りにホップの香りが広がりました。すごく良い香りで思わず「美味しそう~!」と声が出てしまいました。
かつて見たホップは、大手ビール工場の見学で見たペレット(小さなかたまり)になったもので、香りはしましたが、やはり生のホップは格別。
「いい香りでしょ。ホップはすぐ傷むので流通する場合はほとんどペレットにするんです。でも乾燥させると熱で香りが飛んでしまうので、今のところうちではペレットにはせず収穫したらすぐ真空パックし冷凍にして出荷しています。」
「でも今後、生産流通的にペレットにしなくてはいけない時がきても、手摘みということだけは守りたいなと思っています。」
ですが、やはり全ての畑での手摘み作業はかなりの重労働。そこで「ホップ収穫祭・与謝野ホップ体験」の開催やホップの苗つけから収穫までを行う「YOSANO・ホップレンジャー」を募集。全国各地からビールファンが手摘み体験を楽しんだり、レンジャーとして参加したりしています。ホップの香りを直にかいだり、手摘みをしたりする経験はなかなかできないもの。これは、おすすめの体験です。
「HOP-UP BEER」でホップの香りを満喫しよう!
初収穫から6年。軌道にのってきた与謝野ホップですが、今はホップの六次産業化(収穫から加工、流通・販売まで手がけること)を考えているのだとか。
「そこで販路を自分たちで開拓していくためにも2019年に京都与謝野酒造を作り、与謝野ホップを使ったHOP-UP BEER(ホップアップビール)を造りはじめました。」
それでは、生の与謝野ホップをたっぷり使ったHOP-UP BEERをご紹介しましょう~。
まずはレギュラーのハレバレゴールデンから。まず、缶がかわいい! もちろん藤原さんのデザインです。
「ネーミングやラベルで与謝野の自然を表現したいと思って。与謝野町の青空と大江山連峰を背景に、そこに暮らすシカ、オオタカを描きました。裏にはロゴとホップちゃんが並んでいるんですよ。」
グレープフルーツのような柑橘系の味とホップの香りがガツンときます! 「大手ビールの11~12倍ものホップをたっぷり使用しているので、ぜひグラスに注いで香りを楽しんでくださいね。」
続いては夏限定の涼風ゴールデン。
「こちらは与謝野に暮らすシカとカエルを描きました。ハレバレゴールデンより苦味を少し抑えた軽めのビールですよ。」
若草のような生ホップの香りが魅力的。さらっとして夏にグビグビッと飲むのにぴったりですね。 エスニックや中華料理などとも相性がよさそうですよ。
それぞれ350ml 550円。ECサイト、与謝野町の一部の酒販店、道の駅などで購入することができます。
※涼風ゴールデンは人気のため一時、出荷を休止中。次回の出荷は8月12日頃以降の予定
ところで気になってたのが、HOP-UP BEERは缶しか造っていないということ。
「ホップは日光に弱いので、これだけのホップの量を使っていると瓶詰にすると劣化しやすいんです。それにアルミはリサイクル率が高いですし、瓶に比べて軽いので輸送エネルギーも節約できます。また、アウトドアで楽しんで欲しいと思っているのですが、瓶は割れるとケガをしますし、欠片が放置されると動物たちが食べたり踏んでケガをしたりするので、動物にダメージを与えないためにも缶にしています。」
自然環境やそこで暮らす動物達にも配慮しながら造っているんですね。
これからの与謝野ホップ
六次産業化を考え作られた京都与謝野酒造。現在は信頼が置けるビール醸造所に依頼をして醸造をしてもらっていますが、来年には自社でビールを醸造できるそうですよ。また、秋には京都のクラフトビール醸造家の方々と「京都スタイルビール」を発表する予定。これはフレーバービールではなくて、京都のホップの香りや良さを活かしたビール。どんなビールになるのか楽しみです。
生のホップの香りの素晴らしさと、日本発祥のビールをぜひ堪能してくださいね。
■■INFORMATION■■
京都与謝野酒造
京都府与謝郡与謝野町字与謝855
hopup@yosanobeer.jp